「一瀬さんちょっといい?」
綺麗なストレートの黒髪の少女、
名前は確か美島さんといったか、が私に声をかけた。
私は黙ったまま頷いた。
またか
そう思ったけれど、私は素直に彼女についていくことしかできなかった。



序章 逃避 


「あんたウザイのよ!!」
屋上に着いた途端待ち構えていた少女が私の肩を突き飛ばす。



地獄の昼休み。
毎度お馴染の行為。
こんな風に呼び出され、罵声を浴びせられ、暴力を振るわれるようになったのはいつからだったか。



「あんた邪魔なんだよ」
「存在が迷惑」
迷惑してるのはこっちだ。
私がいつあなたに何をした?
心のなかでそう叫んだ。
けれど怖くて口を開く事ができない。
私が尻餅をついて動けないのをいいことに彼女達は罵声を浴びせながら私を蹴ったり殴ったりする。



やめて



そう叫びたいけれど、私にはできない。
そんな勇気は私にない。
私はただうつ向くしかなかった。
うつ向いて早く時間が過ぎるのを祈るしかなかった。


「あんたなんかいたって誰も必要としないんだから…」
不意によく通る声が降ってきた。
美島さんだ。
彼女はそこで一度言葉を切るとスッと私の耳元に口元を寄せた。

「死んじゃえば?」


その囁きに私は目を見開いて少女を見た。
彼女は美しい顔にニタァっと嫌な笑みを浮かべて私を見ていた。
そして腕を振り上げる。

その手にはよく切れそうなカッターナイフが握られていた。

私は目をきつく瞑った。
彼女が首を狙ったのかもしれないそのカッターナイフは手元が狂ったのか肩に傷 をつけた。
傷はあまり深くはないけれど血がうっすらと滲んだ。

「ちっ…。」
彼女がもう一度手を振り上げようとしたその時、
まるで悪夢の終りを告げるかのように授業開始のチャイムがなり響いた。

「教室にはいりなさい」
という先生の声が近付いて来る。

「は〜い、今行きま〜す。」

彼女は見付かるのを恐れたのかそそくさと去っていった。
私を嘲笑しながら。
誰もいなくなった屋上に私一人だけが残された。
頬を涙が伝った。




あの後私は授業には出ず、家に帰る事にした。
ズキズキと痛む体を引きずりなんとか家まで帰った。
けれども、どうも今日の私は運がないらしい。



この人に、
母に会ってしまうなんて。

息が
詰まる

「……ただいま。」

「…。」

私の『母親』は虚ろな目で少しの間私を見つめると
ふいっと顔を背けて二階に上がっていってしまった。
私はふうっと息をついた。
帰ってきてもいつもこう。
私の存在は完全無視。
私は自分の部屋に入るや否やベッドに飛込んだ。

「私…いらないのかな……?」






ふと気がつくともう夜だった。
時計の針は八時を指している。
どうやらあの後眠ってしまったみたいだ。
「由良……」
私の名前を呼ぶ声に私は恐る恐る振り向いた。
「お母さん…?」

何故私の部屋に母がいるのだろう?
何故?

「由良っ!!」

母は突如私に飛びかかると私の首を絞めあげた。
「お……母…さん……っ!!?」
口を開くも酸素が入って来ない。


頭が白くなる。


死ぬの?



嫌だ

ここで殺されるわけにはいかないの


そんなみじめな子には
なりたくないの


私は最後の力を振り絞ってできる限り暴れた。
すると母の手が一瞬だけ緩んだ。
私はその隙に母の手から逃れた。


「由良あぁっ!!」


母親の叫び声が背中から追ってくる。
私はそれを振り切って家を飛び出した。


あんな人に殺されるくらいなら自分で―――


私は目的の建物まで

走って走って走った


「バイバイ、私」

目を瞑ると私はビルの屋上から身を投げた。






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